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怒和島(ぬわじま)
nuwajijima

忽那諸島の西部に位置し、島人の多くは農業を営みつつ漁業権を持つなど「日本一の働き者の島」と言われています。みかん・伊予柑・レモンをはじめ、近年では紅まどんなやカラマンダリンなど幅広く柑橘類栽培を手がけ、また天然の鯛・ハマチなど山海の幸に恵まれ、坊ちゃん島あわびや海藻類の養殖など多くの産物を生み出しています。
島には伝説残る「丸子鼻」や「生木地蔵の楠木」など、また寺や神社なども多く島人により大切に守られています。潮流が複雑なクダコ海流は、有数の漁場として釣人の人気スポットとなっています。

【アクセス】
■フェリー
三津浜港〜元怒和港(2時間4分)
三津浜港〜上怒和港(2時間26分)
高浜港〜元怒和港(1時間49分)
高浜港〜上怒和港(2時間11分)
■高速船
高浜港〜元怒和港(1時間)
高浜港〜上怒和港(1時間14分)
フェリー情報:中島汽船株式会社
航路情報はこちら

怒和島 自然・公園

クダコ島

島全体が城塞であったかのような城郭

中島本島と怒和島の中間にある周囲1.8kmの孤島「クダコ島」は、東西に幅約0.6海里・最大水深154mの水道中心にあります。
この水道は釣島水道と共に安芸灘~伊予灘に通じる主要な航路の1つであり、特に西側の水道は最強流速6.5ノットに達することもあります。その激しい海流に揉まれた魚介類は、身が引き締まり旨味が増すと言われ、瀬戸内海屈指の漁業として有名で、鯛の一本釣りなどが盛んに行われています。

頂上の地形を巧みに利用した城郭は、南側の絶壁は自然の城壁となり、まるで島全体が城塞であったかのようです。おそらく南北朝時代に比定され、本山城・泰山城に後続するものと考えられていますが、築城年代や築城者は不明です。クダコ水道の要衝にありましたが、1585年の忽那水軍の滅亡とともに水軍的機能も終わりを告げたようです。その後、江戸時代には草刈り・採藻の入会地となりました。
この島を拠点にしていた忽那水軍の呼び名から「クダコ」と呼ばれ、忽那家文章には『久田子衆』や『九多児衆』と書かれています。

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